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JAL123便の 記事から、色々なご意見や情報をいただきました。
その中で、ああ、そう言えば米軍が日常的に日本の民間航空機を標的にして演習しているって話は昔何度も聞いたなと思いだしたのでした。以下です。


現在、日本、韓国、ハワイ、グアムに駐留する米軍基地内で、米軍の機関誌として読まれている「パシフィック・スターズ・アンド・ストライプス」という雑誌の85年8月27日号には以下の内容の記事が掲載されている。日航ジャンボ機墜落事故から、わずかに2週間後の発行日付である。
 「日航ジャンボ機墜落事故当時、横田基地に配属されていた米空軍の輸送機U130のパイロット、マイケル・アントヌッチ中尉は以下のように証言する。
『事故当日、空中戦の演習を行っていた米軍練習用戦闘機から事故が起こったとの緊急無線が入り、一番近くを飛行していた私のU130輸送機が事故現場へ救出のため急行した。
いつものようにアメリカ空軍の練習用戦闘機が、日本の民間旅客機をターゲットにミサイル発射のシミュレーション演習を行っていた所、安全装置が解除されている事に気付かず、実弾ミサイルを日航ジャンボ機に命中させてしまった、というのが無線の第一報の内容だった。』 
この空軍中尉マイケル・アントヌッチは、日本政府から奇妙な事に『緊急の救助のために現場に行かなかった事、第一報の無線も聞かなかったと発言するよう要請された』と語っている。」
 この現役アメリカ空軍中尉の証言は、米軍機が「動く格好のターゲットである日本の民間旅客機」、つまり日本人をターゲットに日常的に「撃墜演習」を行っている事実を示している。

・・・引用ここまで・・・

それで、原文が読みたくてずっと探しているんですが、見つかりません。


pacific stars and stripes 27 Aug 1985
Michael Antonucci


結局、私にはこの線が一番 本当に近く見られます。どうして橋本内閣が躍起になって隠ぺいしたのか これだとしっくりきます。自衛官が自殺したけど足台が無かったとか いっぱい出て来ますよね。
分からないのが MIG25です。なんでソ連が出てくるのかがさっぱりです。
それで自衛隊がスクランブルをかけたとか、垂直尾翼にオレンジの破片が刺さっていたとか。ここら辺がよく分かりません。
百歩譲って、橋本内閣はこれだけの豪勢な外交カードを得て、自国民の生命まで犠牲にしておきながら 何のタフな交渉も出来なかったって、不甲斐なくてこの無能なハニトラ売国奴、二度死んでもらいたいです。

今またゲリラ豪雨が直撃してるって言うし、もういい加減誰か科学者かなんかが言えばいいのに!!
我々は攻撃されているって。
もう歴然でしょ? 竜巻とかさ、バカバカしいまでに奴ら襲い続けじゃない!!
黙ってないで 憶測でもなんでもじゃんじゃん発表すれば出来にくくなるでしょ?
いつも隠蔽して 敵側のお先棒ばかり担ぐ。
呆れた腰抜け売国奴だよね?日本の政治家は!!
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コメント
マレーシア航空機消息不明はTPPに反対するマレーシアに
1985年「日本航空123便墜落事故とプラザ合意」を再演した。
http://briliantblue.seesaa.net/article/391436926.html

by: このは * 2014/08/28 10:51 * URL [ 編集] | page top↑
Re: このブログ主の方は原文を持っているかもしれません
どうもありがとう
お尋ねして一応コメ欄からお願いしてきました


> http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/acea0c09dd04784b61172500fc4edc23
>
> ■アントヌッチ証言全文
>
> 日航機事故から10年、米軍人コミュニティ向けの新聞「スターズ・アンド・ストライプス」の一面に突然表れたアントヌッチ証言とは何か?この証言の全訳文を米田氏の著書「御巣鷹の謎を追う」から引用します。少し長いですが、ぜひ読んでみてください。本証言の検証は次回以降に行います。
>
> 注
> ・一部を除き漢数字はアラビア数字に置き換えてます
> ・カギ括弧([])内の数字は、私が付け加えた段落番号です
>
> ------------------------------(ここから)------------------------------
> 「スターズ・アンド・ストライプス」の証言報道 1995年8月27日
> (前文)
> 撤退命令が出ていなければ東京近郊の山中に墜落した日航123便事故の2時間後に、米海兵隊は生存者を救出できただろう。
>
> (経歴)
> 1982年から90年まで米空軍に在籍したマイケル・アントヌッチ氏。現在はカリフォルニア州サクラメント市でインサイド・カリフォルニア誌の編集を行っているサクラメント・ビー紙とマイケル・アントヌッチ氏の許可を得て再録した。
>
> [1]
> 10年前の1985年8月12日に、日航123便は本州中部の山間に墜落し、520人が死亡した。単独の航空機事故としては航空史上、最悪の犠牲者を出す結果となった。日本の救助隊の現場への到達が遅れたのではないかとの論議が起こった。最初の救助隊が日航機にたどり着いたのは墜落後12時間後だった。実際、もし日本当局を困惑させまいとすることがなかったならば、最初の救助隊(米海兵隊チーム)は墜落後、2時間以内に墜落機の捜索ができていただろう。生存者は4人だった。(しかし)それ以上の多くの人が助かったかもしれない。
>
> [2]
> 123便墜落事故の余波(被害拡大)について、私は独自の見方をしている。事故当時、私はそのことについて「他言無用」の命令を受けていた。しかし、大事故から10年経過した今、私があの晩 、東京から西に35マイル離れた横田基地に向かう米空軍C130のナビゲーターとして見たこと、聞いたことを、話さずにはいられない。
>
> (図:米軍のC130輸送機)
>
> [3]
> 当時、私は横田基地の空軍中尉だった。当日8月12日の午後6時30分ころ、我々は沖縄から横田に向け飛行中、大島上空にさしかかった。われわれは最初、日航123便の機長が管制塔に緊急事態を宣言したときには、さして気にもしていなかった。(なぜなら)軍では、緊急事態を宣言し、エンジンを止めて平穏無事に着陸することはよくあることだから。しかし、6時40分ころ、再度、日航機長の声を聞いた。その声は非常に動揺しており、管制とのやりとりは、航空の標準語である英語ではなく日本語だった。こんなことは、几帳面な東京管制官の通常の離陸管制では考えられないほど異常なことだった。
>
> [4]
> ずっと後日になって知ったのだが、123便は(垂直)尾翼と下部方向舵の一部をなくしており、操縦不能であって、高濱雅巳機長はスロットルレバーの調整のみで操縦し、高度を変えようとしていた。また123便は緊急降下が必要な緊急事態である急減圧が起きていた。同機は絶望的な状態だったのだ。
>
> [5]
> われわれは、周波数を横田基地に切り替え、オオクラでホールディングするよう指示された。旋回中に、横田管制が123便に横田基地への着陸を許可するのを聞いた。このときから、われわれは事態を真剣に注視するようになった。123便の緊急事態は相当に深刻で、目的地に到着できそうになかった。だから、めったにないことだが、当該乗員は米軍基地への着陸を希望したのだった。
>
> [6]
> 横田管制は123便と交信しようとしていたが駄目だった。われわれにも(横田基地への)進入許可を出したが、ちょうど7時過ぎに123便がレーダーから消えた、と伝えてきた。そして123便を捜索できないかと聞いてきた。われわれは、あと2時間は飛べる燃料を持っていたので機首を北に向け、捜索に向かった。
>
> [7]
> 管制では123便がレーダーから消えた場所をよく分かっていなかった。当機は、陽が長くなった夏の夕日が沈みかけていたころ、機首を北北西に進路を取った。午後7時15分、航空機関士が1万フィート付近で雲の下に煙のようなものが見えるのを発見したので、ゆっくり左に旋回し、そちらへ方向を向けた。御巣鷹山の周辺はとても起伏が多かった。地表からおよそ2000フィートまで降下する許可を得た。墜落機残骸を発見したのは、あたりはだんだんと暗くなり始めていた時だった。山の斜面は大規模な森林火災となり、黒煙が上がり、空を覆っていた。時刻は7時20分だった。
>
> [8]
> 当機の指揮官、ジョン・グリフィンは、墜落機残骸の上空2000フィートで旋回していた。私は地上との高度をモニターし、横田までの位置関係を確認した。事故現場から横田までの緯度、経度、方向と距離を連絡した。墜落後、およそ20分で当局は墜落機残骸の位置をつかんでいたのだ。横田管制から、我々の現在地から約40マイルの厚木基地から、米海兵隊が救難に向かう準備をしてることを聞いた。1時間で到着できただろう。
>
> [9]
> 副操縦士のゲーリー・ブレイは管制に「海兵隊に急ぐように伝えてくれ。もっとも生存者がいるかどうかは疑問だがね]といった。管制官からは「生存者はいない様子。了解」との返答があった。「ここからでは生存者がいるかどうか分からないのに、あんなこというんじゃなかった」とゲーリーは無線を外して私にそういった。当機は8時30分まで先回を続けた。そのとき、海兵隊のヘリコプターが救助に向かっているので方向を知りたがっている、といわれたので、墜落現場までの方位を教え、当機のレーダーで地上から空中までを探してみた。8時50分までに救援ヘリのライトを視認できた。ヘリは偵察のため降下中だった。
>
> [10]
> 午後9時5分に、煙と炎がひどくてとても着陸できないと海兵隊が連絡してきた。位置を少し移動して二人の乗員をホイスト(ウインチで吊り下げ)で地上に降ろすつもりでいた。われわれに、司令部に連絡してくれと頼んできた。私が司令部に連絡を取った。
>
> [11]
> 将校は「直ちに基地へ帰還せよ」「日本側が向かっている」といったので「司令部、海兵隊は救助続行をきぼうしている」といったが、「繰り返す。即刻、基地に帰還せよ。海兵隊も同様」と命令された。私は「了解。基地に帰還する」と応答した。
>
> [12]
> ブレイは渋々そのことを海兵隊に知らせた。海兵隊も了解しており、引き上げ始めていた。われわれの到着から2時間経過した午後9時20分に、最初の日本の飛行機が現れた。管制から日本の救難機だとの知らせを受けた。日本側が現場に到着したことで、安心してその場を引き上げた。もっとも、我々の燃料もほとんど使い果たしていた。
>
> [13]
> 横田基地に引き返し、着陸後直ちに司令部に報告するように指令を受けた。我々を待っていたのは、第861戦術飛行隊副司令官、ジョエル・シルズ大佐であった。グリフィン機長が経過を簡単に報告した後、大佐は「ご苦労だった。今回のことについてマスコミには一切他言無用」といった。
>
> [14]
> われわれは、緊張を強いられた17時間にも及ぶ飛行を終え、休息をとるために飛行中退のビルに向かった。そのとき、日航123便が満席に近い500人以上もの乗客を乗せていたことを日本のテレビを見て知った。起こった事故の大きさに驚き、声も出なかった。スケジューラーが翌日の午後、一週間の任務で沖縄へ出発するようにとの指令をわれわれに伝えたので、その静寂が終わった。乗務員はそのまま放置されたが、そんなことは通常ないことであった。
>
> [15]
> 翌日のニュースや新聞を見て、われわれは愕然とした。ニュースは、日本の捜索隊が墜落地点を発見するのが、いかに困難をきわめたかを伝える報道で溢れていた。事実、まだ事故機残骸に到着していなかった。私はすぐに地図のところへ行って昨日の航跡を確認した。私には正確な位置を示した、という自信があった。私は海兵隊のヘリコプターに墜落地点までの飛行を無線で誘導したのだし、日本の救難機が墜落現場上空に到着して旋回しているのを確認した後に、帰還したのだから。あの事故機発見がそれほど困難をきわめるような問題が日本側にあったのだろうか?
>
> [16]
> 墜落から2週間たって、タイの首都、バンコクにいたとき、私は墜落の写真が表紙になった『タイム』と『ニューズウィーク』を買った。これで4人の生存者がいたことを初めて知った。4人のうちの落合由美さんの記事を読んでゾッとさせられた。彼女は墜落後、意識があったときのことを語っている。残骸の下で動けなかったが、彼女はヘリコプターを発見し、手を振って合図したが、すぐには返答がなかった。「次第に私は眠くなった」「気がつくと男の人の話し声が聞こえ、もう朝だった」と彼女はいっている。
>
> [17]
> 落合さんはまた、看護師に、数人の子どもたちの声を聞いたが闇の中でその声は次第に途絶えていった、と話している。私は打ちのめされたような気がした。海兵隊が吊り上げによる救助を許可されていたならば、さらに数人の生存者を救出できたのにと考えざるを得なかった。海兵隊のヘリコプターは、落合由美さんが見つけられるところまで接近していたのだ。
>
> [18]
> 『ニューズウィーク』誌によると、日本の当局は、捜索開始命令が午後9時30分まで出されなかった、と述べている。(しかし)その時刻はわれわれが墜落地点を確認した2時間後だった。最初の日本のヘリコプターが現場にやっと到着したのは、翌日の午前4時40分だった。午前7時15分になって日本の捜索隊は、警察(自衛隊のこと)のレンジャー部隊をヘリコプターで吊り下ろすことを決断した。海兵隊のヘリコプターが同じことをやろうとして許可されなかったときから、11時間もたってのことだった。
>
> [19]
> こういう大惨事での米国の役割については、『タイム』や『ニューズウィーク』誌でも、われわれのC130や海兵隊の行動を報道することはなく、記者たちは日本の当局が公表したことを鵜呑みにしている。『ニューズウィーク』は、日本のF4戦闘機が午後7時21分に山の中の炎上地点を確認したと伝えていた。当時の日本はF4を持っていなかったし、在日米軍基地にもF4は配備されていなかったという事実を除けば、これはよくできた話である。
>
> [20]
> また『タイム』は、日本の航空自衛隊が派遣した2機の航空機が、炎上地点を確認したと伝えている。このことは、午後9時30分まで捜索命令が出されなかった、という軍(自衛隊)の前述の言明と矛盾している。夜から朝にかけて、いったい何が起こっていたのだろうか。日本の救助隊は、墜落現場から42マイル離れた上野村に対策本部を設置しつつあった。後になって、日本の緊急事態対策問題に精通しているある人から、彼らが1機ではなく2機の米軍機が自分たちよりも2時間も早く現場に到着していたことに、びっくりしていた、と聞かされた。この人物は「日本の乗員は、あなた方が行ったようにとっさに捜索を実行するなんてことは絶対できないだろう」「彼らの救助活動のやり方といえば、マニュアルなど文字になっているものでしかできないのだ。しかし、あなたたち(空軍と海兵隊)はそれを見事にやってのけた」と私に語った。
> (管理者註:42マイル(約65km)は4.2マイルの誤りか?)
>
> [21]
> 私が日本に戻ってきたころには、この話は立ち消えになっていた。われわれ乗員たちは、ある連絡(承諾)を受け取ったが、われわれの期待とはずいぶん、かけ離れていた。われわれは、日本の新聞に残骸の写真を売るための空軍特別調査活動の任務にあった、ということにされた。しかし、この調査は、当然のことながらあっという間に終わった。なぜならフィルムを持っているものなどだれ一人いなかったし、写真を取れるような明かりも十分なかったのだから。そのうえ、マスコミは、われわれがそこを飛んでいたことなど、誰も知らないのだから、報道されるはずもなかった。
>
> [22]
> 1987年3月、私は横田基地を離れ、サクラメントのマザー空軍基地で航法教育に携わる大尉として着任したが、そのとき、空軍表彰メダルを授与された。そこにはこう書いてある
> 「アントヌッチ大尉とその乗務員は、日航機の捜索を決定し、直ちに捜索計画をたて、墜落現場を発見し、救助隊を現地に誘導した」
> 私は空軍が私たちの行動を認めてくれたことは嬉しかったが、表彰を喜ぶ気になれない。私は「まだ、生存していた人たちを救出できなかった」と付け加えたかった。
>
> 「23」
> 日航123便事故は、実際二つの惨事がある。第一は墜落事故の衝撃で人々が死亡したことである。第二には、遺体収容を援助した医師たちの証言に表れている。つまり、もっと早く救助隊が到着していれば、負傷者、または致命的でなかった乗客を発見できただろうということだ。ある医師の証言は私の体の心まで震え上がらせた。彼は「もし、発見がもう10時間早ければ、われわれはもっと多くの生存者を発見できたであろう」といっている
> ------------------------------(ここまで)------------------------------
>
> 以上の証言に加え、米田氏が指摘する、アントヌッチ氏の3つの事実誤認を列記します。
>
> 1.[19]航空自衛隊は主要基地にF4E戦闘機を配備していたというのが正しい
> 2.[8] 米軍厚木基地には海兵隊の救難部隊はない。米陸軍座間基地のUH1ヘリ
>  が救難に向かったのが正しい
> 3.[5]123便が横田基地への緊急着陸を求めていたような証言になっているが、
>  123便は操縦に追われ横田からの呼びかけに応じきれなかったのが正しい
>  →私は米田氏の3.の指摘は間違っていると思います。理由は次回以降に
>   論証する予定です。
by: yaegaki hime * 2014/08/25 18:19 * URL [ 編集] | page top↑
特定秘密に関するパブリックコメント【本日締切】
特定秘密に関するパブリックコメントが、今日締切だそうです。
(わたしも今日知りました。早く知らせることができず、すみません)

「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を
図るための基準(仮称)(案)」に対する意見募集の実施について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060072402&Mode=0


みなさん、お願いします。
by: (´・ω・`) * 2014/08/24 13:54 * URL [ 編集] | page top↑
このブログ主の方は原文を持っているかもしれません
http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/acea0c09dd04784b61172500fc4edc23

■アントヌッチ証言全文

日航機事故から10年、米軍人コミュニティ向けの新聞「スターズ・アンド・ストライプス」の一面に突然表れたアントヌッチ証言とは何か?この証言の全訳文を米田氏の著書「御巣鷹の謎を追う」から引用します。少し長いですが、ぜひ読んでみてください。本証言の検証は次回以降に行います。


・一部を除き漢数字はアラビア数字に置き換えてます
・カギ括弧([])内の数字は、私が付け加えた段落番号です

------------------------------(ここから)------------------------------
「スターズ・アンド・ストライプス」の証言報道 1995年8月27日
(前文)
撤退命令が出ていなければ東京近郊の山中に墜落した日航123便事故の2時間後に、米海兵隊は生存者を救出できただろう。

(経歴)
1982年から90年まで米空軍に在籍したマイケル・アントヌッチ氏。現在はカリフォルニア州サクラメント市でインサイド・カリフォルニア誌の編集を行っているサクラメント・ビー紙とマイケル・アントヌッチ氏の許可を得て再録した。

[1]
10年前の1985年8月12日に、日航123便は本州中部の山間に墜落し、520人が死亡した。単独の航空機事故としては航空史上、最悪の犠牲者を出す結果となった。日本の救助隊の現場への到達が遅れたのではないかとの論議が起こった。最初の救助隊が日航機にたどり着いたのは墜落後12時間後だった。実際、もし日本当局を困惑させまいとすることがなかったならば、最初の救助隊(米海兵隊チーム)は墜落後、2時間以内に墜落機の捜索ができていただろう。生存者は4人だった。(しかし)それ以上の多くの人が助かったかもしれない。

[2]
123便墜落事故の余波(被害拡大)について、私は独自の見方をしている。事故当時、私はそのことについて「他言無用」の命令を受けていた。しかし、大事故から10年経過した今、私があの晩 、東京から西に35マイル離れた横田基地に向かう米空軍C130のナビゲーターとして見たこと、聞いたことを、話さずにはいられない。

(図:米軍のC130輸送機)

[3]
当時、私は横田基地の空軍中尉だった。当日8月12日の午後6時30分ころ、我々は沖縄から横田に向け飛行中、大島上空にさしかかった。われわれは最初、日航123便の機長が管制塔に緊急事態を宣言したときには、さして気にもしていなかった。(なぜなら)軍では、緊急事態を宣言し、エンジンを止めて平穏無事に着陸することはよくあることだから。しかし、6時40分ころ、再度、日航機長の声を聞いた。その声は非常に動揺しており、管制とのやりとりは、航空の標準語である英語ではなく日本語だった。こんなことは、几帳面な東京管制官の通常の離陸管制では考えられないほど異常なことだった。

[4]
ずっと後日になって知ったのだが、123便は(垂直)尾翼と下部方向舵の一部をなくしており、操縦不能であって、高濱雅巳機長はスロットルレバーの調整のみで操縦し、高度を変えようとしていた。また123便は緊急降下が必要な緊急事態である急減圧が起きていた。同機は絶望的な状態だったのだ。

[5]
われわれは、周波数を横田基地に切り替え、オオクラでホールディングするよう指示された。旋回中に、横田管制が123便に横田基地への着陸を許可するのを聞いた。このときから、われわれは事態を真剣に注視するようになった。123便の緊急事態は相当に深刻で、目的地に到着できそうになかった。だから、めったにないことだが、当該乗員は米軍基地への着陸を希望したのだった。

[6]
横田管制は123便と交信しようとしていたが駄目だった。われわれにも(横田基地への)進入許可を出したが、ちょうど7時過ぎに123便がレーダーから消えた、と伝えてきた。そして123便を捜索できないかと聞いてきた。われわれは、あと2時間は飛べる燃料を持っていたので機首を北に向け、捜索に向かった。

[7]
管制では123便がレーダーから消えた場所をよく分かっていなかった。当機は、陽が長くなった夏の夕日が沈みかけていたころ、機首を北北西に進路を取った。午後7時15分、航空機関士が1万フィート付近で雲の下に煙のようなものが見えるのを発見したので、ゆっくり左に旋回し、そちらへ方向を向けた。御巣鷹山の周辺はとても起伏が多かった。地表からおよそ2000フィートまで降下する許可を得た。墜落機残骸を発見したのは、あたりはだんだんと暗くなり始めていた時だった。山の斜面は大規模な森林火災となり、黒煙が上がり、空を覆っていた。時刻は7時20分だった。

[8]
当機の指揮官、ジョン・グリフィンは、墜落機残骸の上空2000フィートで旋回していた。私は地上との高度をモニターし、横田までの位置関係を確認した。事故現場から横田までの緯度、経度、方向と距離を連絡した。墜落後、およそ20分で当局は墜落機残骸の位置をつかんでいたのだ。横田管制から、我々の現在地から約40マイルの厚木基地から、米海兵隊が救難に向かう準備をしてることを聞いた。1時間で到着できただろう。

[9]
副操縦士のゲーリー・ブレイは管制に「海兵隊に急ぐように伝えてくれ。もっとも生存者がいるかどうかは疑問だがね]といった。管制官からは「生存者はいない様子。了解」との返答があった。「ここからでは生存者がいるかどうか分からないのに、あんなこというんじゃなかった」とゲーリーは無線を外して私にそういった。当機は8時30分まで先回を続けた。そのとき、海兵隊のヘリコプターが救助に向かっているので方向を知りたがっている、といわれたので、墜落現場までの方位を教え、当機のレーダーで地上から空中までを探してみた。8時50分までに救援ヘリのライトを視認できた。ヘリは偵察のため降下中だった。

[10]
午後9時5分に、煙と炎がひどくてとても着陸できないと海兵隊が連絡してきた。位置を少し移動して二人の乗員をホイスト(ウインチで吊り下げ)で地上に降ろすつもりでいた。われわれに、司令部に連絡してくれと頼んできた。私が司令部に連絡を取った。

[11]
将校は「直ちに基地へ帰還せよ」「日本側が向かっている」といったので「司令部、海兵隊は救助続行をきぼうしている」といったが、「繰り返す。即刻、基地に帰還せよ。海兵隊も同様」と命令された。私は「了解。基地に帰還する」と応答した。

[12]
ブレイは渋々そのことを海兵隊に知らせた。海兵隊も了解しており、引き上げ始めていた。われわれの到着から2時間経過した午後9時20分に、最初の日本の飛行機が現れた。管制から日本の救難機だとの知らせを受けた。日本側が現場に到着したことで、安心してその場を引き上げた。もっとも、我々の燃料もほとんど使い果たしていた。

[13]
横田基地に引き返し、着陸後直ちに司令部に報告するように指令を受けた。我々を待っていたのは、第861戦術飛行隊副司令官、ジョエル・シルズ大佐であった。グリフィン機長が経過を簡単に報告した後、大佐は「ご苦労だった。今回のことについてマスコミには一切他言無用」といった。

[14]
われわれは、緊張を強いられた17時間にも及ぶ飛行を終え、休息をとるために飛行中退のビルに向かった。そのとき、日航123便が満席に近い500人以上もの乗客を乗せていたことを日本のテレビを見て知った。起こった事故の大きさに驚き、声も出なかった。スケジューラーが翌日の午後、一週間の任務で沖縄へ出発するようにとの指令をわれわれに伝えたので、その静寂が終わった。乗務員はそのまま放置されたが、そんなことは通常ないことであった。

[15]
翌日のニュースや新聞を見て、われわれは愕然とした。ニュースは、日本の捜索隊が墜落地点を発見するのが、いかに困難をきわめたかを伝える報道で溢れていた。事実、まだ事故機残骸に到着していなかった。私はすぐに地図のところへ行って昨日の航跡を確認した。私には正確な位置を示した、という自信があった。私は海兵隊のヘリコプターに墜落地点までの飛行を無線で誘導したのだし、日本の救難機が墜落現場上空に到着して旋回しているのを確認した後に、帰還したのだから。あの事故機発見がそれほど困難をきわめるような問題が日本側にあったのだろうか?

[16]
墜落から2週間たって、タイの首都、バンコクにいたとき、私は墜落の写真が表紙になった『タイム』と『ニューズウィーク』を買った。これで4人の生存者がいたことを初めて知った。4人のうちの落合由美さんの記事を読んでゾッとさせられた。彼女は墜落後、意識があったときのことを語っている。残骸の下で動けなかったが、彼女はヘリコプターを発見し、手を振って合図したが、すぐには返答がなかった。「次第に私は眠くなった」「気がつくと男の人の話し声が聞こえ、もう朝だった」と彼女はいっている。

[17]
落合さんはまた、看護師に、数人の子どもたちの声を聞いたが闇の中でその声は次第に途絶えていった、と話している。私は打ちのめされたような気がした。海兵隊が吊り上げによる救助を許可されていたならば、さらに数人の生存者を救出できたのにと考えざるを得なかった。海兵隊のヘリコプターは、落合由美さんが見つけられるところまで接近していたのだ。

[18]
『ニューズウィーク』誌によると、日本の当局は、捜索開始命令が午後9時30分まで出されなかった、と述べている。(しかし)その時刻はわれわれが墜落地点を確認した2時間後だった。最初の日本のヘリコプターが現場にやっと到着したのは、翌日の午前4時40分だった。午前7時15分になって日本の捜索隊は、警察(自衛隊のこと)のレンジャー部隊をヘリコプターで吊り下ろすことを決断した。海兵隊のヘリコプターが同じことをやろうとして許可されなかったときから、11時間もたってのことだった。

[19]
こういう大惨事での米国の役割については、『タイム』や『ニューズウィーク』誌でも、われわれのC130や海兵隊の行動を報道することはなく、記者たちは日本の当局が公表したことを鵜呑みにしている。『ニューズウィーク』は、日本のF4戦闘機が午後7時21分に山の中の炎上地点を確認したと伝えていた。当時の日本はF4を持っていなかったし、在日米軍基地にもF4は配備されていなかったという事実を除けば、これはよくできた話である。

[20]
また『タイム』は、日本の航空自衛隊が派遣した2機の航空機が、炎上地点を確認したと伝えている。このことは、午後9時30分まで捜索命令が出されなかった、という軍(自衛隊)の前述の言明と矛盾している。夜から朝にかけて、いったい何が起こっていたのだろうか。日本の救助隊は、墜落現場から42マイル離れた上野村に対策本部を設置しつつあった。後になって、日本の緊急事態対策問題に精通しているある人から、彼らが1機ではなく2機の米軍機が自分たちよりも2時間も早く現場に到着していたことに、びっくりしていた、と聞かされた。この人物は「日本の乗員は、あなた方が行ったようにとっさに捜索を実行するなんてことは絶対できないだろう」「彼らの救助活動のやり方といえば、マニュアルなど文字になっているものでしかできないのだ。しかし、あなたたち(空軍と海兵隊)はそれを見事にやってのけた」と私に語った。
(管理者註:42マイル(約65km)は4.2マイルの誤りか?)

[21]
私が日本に戻ってきたころには、この話は立ち消えになっていた。われわれ乗員たちは、ある連絡(承諾)を受け取ったが、われわれの期待とはずいぶん、かけ離れていた。われわれは、日本の新聞に残骸の写真を売るための空軍特別調査活動の任務にあった、ということにされた。しかし、この調査は、当然のことながらあっという間に終わった。なぜならフィルムを持っているものなどだれ一人いなかったし、写真を取れるような明かりも十分なかったのだから。そのうえ、マスコミは、われわれがそこを飛んでいたことなど、誰も知らないのだから、報道されるはずもなかった。

[22]
1987年3月、私は横田基地を離れ、サクラメントのマザー空軍基地で航法教育に携わる大尉として着任したが、そのとき、空軍表彰メダルを授与された。そこにはこう書いてある
「アントヌッチ大尉とその乗務員は、日航機の捜索を決定し、直ちに捜索計画をたて、墜落現場を発見し、救助隊を現地に誘導した」
私は空軍が私たちの行動を認めてくれたことは嬉しかったが、表彰を喜ぶ気になれない。私は「まだ、生存していた人たちを救出できなかった」と付け加えたかった。

「23」
日航123便事故は、実際二つの惨事がある。第一は墜落事故の衝撃で人々が死亡したことである。第二には、遺体収容を援助した医師たちの証言に表れている。つまり、もっと早く救助隊が到着していれば、負傷者、または致命的でなかった乗客を発見できただろうということだ。ある医師の証言は私の体の心まで震え上がらせた。彼は「もし、発見がもう10時間早ければ、われわれはもっと多くの生存者を発見できたであろう」といっている
------------------------------(ここまで)------------------------------

以上の証言に加え、米田氏が指摘する、アントヌッチ氏の3つの事実誤認を列記します。

1.[19]航空自衛隊は主要基地にF4E戦闘機を配備していたというのが正しい
2.[8] 米軍厚木基地には海兵隊の救難部隊はない。米陸軍座間基地のUH1ヘリ
 が救難に向かったのが正しい
3.[5]123便が横田基地への緊急着陸を求めていたような証言になっているが、
 123便は操縦に追われ横田からの呼びかけに応じきれなかったのが正しい
 →私は米田氏の3.の指摘は間違っていると思います。理由は次回以降に
  論証する予定です。
by: TPP断固阻止 * 2014/08/24 10:06 * URL [ 編集] | page top↑
【神戸市へ帰化未帰化在日韓国人職員と帰化未帰化在日韓国人教員の解雇と採用禁止&神戸市からの民団排除を要求しよう!多文化共生=他文化強制=韓国文化強制をやめさせよう!グローバル思想強制=左翼思想強制=韓国思想強制をやめさせよう!福祉交付金=帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金を廃止させよう!】その6
【神戸市へ
・帰化未帰化在日韓国人職員と帰化未帰化在日韓国人教員の解雇と採用禁止
・神戸市からの民団排除
・多文化共生=他文化強制=韓国文化強制の排除
・グローバル思想強制=左翼思想強制=韓国思想強制の排除
・福祉交付金=帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金の廃止
を要求しよう!メール・facebook・FAX・葉書52円】

*****
shinsuke 君 Twitter H25/1/14 (加筆済版)

帰化未帰化在日韓国人民団と神戸市帰化在日韓国人職員の圧力の結果、神戸市は、帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金を福祉給付金と偽称し、帰化未帰化在日韓国人たちへ年間合計1億8000万円も違憲給付している
福祉交付金=帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金の違憲給付を各地方公共団体の裁量権内としている最高裁判所判決自体も、日本国憲法違反である

帰化未帰化在日韓国人職員と帰化未帰化在日韓国人教員の雇用=憲法違反
多文化共生=他文化強制=韓国文化強制
グローバル思想強制=左翼思想強制=韓国思想強制
福祉交付金=帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金
*****

@緊急抗議先
@神戸市帰化未帰化在日韓国人職員と神戸市帰化未帰化在日韓国人教員の解雇採用禁止&神戸市からの民団排除の要求先
@多文化共生=他文化強制=韓国文化強制の排除の要求先
@グローバル思想強制=左翼思想強制=韓国思想強制の排除の要求先
@福祉交付金=帰化未帰化在日韓国人タカリ給付金の廃止の要求先
650-8570神戸市中央区加納町6-5-1
神戸市長久元喜造F078 322 6005・6032=自
神戸市総合コールセンターF078 333 3314
神戸市[議]会F078 322 6007
議長安達和彦=自
副議長山田哲郎=公
自22(本部10神戸12)民13(本部1神戸12)公11共9新世代4住民投票2新社会党2志民党2維1

@即時解散要求先
106-8585港区南麻布1-7-32民団団長呉公太F03 3454 4614

@通報先
100-0014千代田区永田町2-3-1
首相安倍晋三F03 3581 3883・5510 0654
内閣官房長官菅義偉F〃=パチンコ大王
100-8926千代田区霞が関2-1-2
総務大臣新藤義孝F03 5253 5190
総務事務次官岡崎浩巳F〃
総務省自治行政局長門山泰明F03 5253 5512・5614
100-8940千代田区霞が関3-1-1
財務大臣麻生太郎F03 5251 2163
財務事務次官香川俊介F〃
100-0013千代田区霞が関1-1-1公安調査庁長官
100-8974千代田区霞が関2-1-2国家公安委員長古屋圭司
100-8910千代田区永田町1-11-23自民党政調会長高市早苗F03 5511 8855
650-0004神戸市中央区中山手通5-1-4自民党兵庫県連F078 351 0906

by長野県J
by: 世田谷プリンセス * 2014/08/24 10:03 * URL [ 編集] | page top↑
情報と技術を管理され続ける日本(訂正)
(本の紹介)
http://www.amazon.co.jp/%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%81%A8%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%82%92%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%95%E3%82%8C%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E5%B0%9A%E5%88%A9/dp/4828414517
by: ルーク * 2014/08/23 23:26 * URL [ 編集] | page top↑
情報と技術を管理され続ける日本
(本の紹介)
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC&rh=n%3A465392%2Ck%3A%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC
世界で起きている紛争や政変はすべて表と裏があり、裏のない事件というのは少ない。
本書は筆者のSRIインターナショナル時代の経験を基に、諜報力に優れる米国覇権の何たるかを分析している。この分析を通じて米国覇権の諜報力の秀逸性および、その諜報力に裏打ちされた戦略性が見えてくる。そして彼らの諜報を駆使した対日戦略、あるいは対日管理にいかに対応していけばよいか、その防衛法と心構えを提示している。
by: ルーク * 2014/08/23 23:24 * URL [ 編集] | page top↑
明日は大阪府松原市の市会議員選挙で維新新風の
☆金子吉晴☆さんが出ています。
松原市の2000人の方は応援してください。


1985年の総理は中曽根総理で、戦時中の話しや原発等、真っ黒です。

by:        * 2014/08/23 17:10 * URL [ 編集] | page top↑
アベノシニタイ

【 とっくに死に体 安倍内閣の支持率は、たった26.3%しかない 】

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3015.html

by: 読者 * 2014/08/23 12:54 * URL [ 編集] | page top↑
【日露】ロシアのプーチン大統領、広島土砂災害で弔意 安倍首相にメッセージ
ロシアのプーチン大統領は20日、39人の死者を出した広島市の大規模土砂災害を受け、犠牲者と遺族に哀悼の意を表し、負傷者の早期回復を祈るとしたメッセージを安倍晋三首相に送った。
ロシア大統領府が発表した。

海外の事故発生から一日もたたないタイミングでの弔意表明は異例とされ「プーチン氏の対日関係重視の表れ」(日ロ外交筋)とみる向きもある。
http://www.netamesi.com/archives/39763348.html

広島の豪雨災害に対し、オバマは黙っている。プーチンはアメリカによる気象兵器攻撃に気付いている?
by: ルーク * 2014/08/23 10:56 * URL [ 編集] | page top↑
広島豪雨は気象兵器による攻撃!
http://ameblo.jp/yama-omega/entry-11913256874.html

問題は、気象兵器の実験などが原因で、熱圏が破壊されて薄くなり、地球のシールドとしての機能が低下したことである。その結果、様々な異常気象が起き始めている。
つまり、二酸化炭素温暖化「原因説」は、地球の熱圏を破壊したことを隠蔽するためにでっち上げた大嘘にすぎない。
http://bxyy.seesaa.net/archives/20140824-1.html

気象兵器の存否は断言できないが存在するとすれば現体制を維持し米国に隷属したいCIA自民党政府は絶対に国民に知らせないことは断言できる。

事故後の豪雨災害が西日本に偏在し頻度増大が顕著すぎることに関して気象兵器の使用が疑われてもなんら不自然な点はない。絶対に存在しないと断言できる人は機密事項を知らない国民の中には存在し得ず機密事項を知って火消しをする人間は工作員か守秘義務を負っている人間のいずれかである。
by: ルーク * 2014/08/23 10:46 * URL [ 編集] | page top↑
更に緊急拡散【帰化在日韓国人企業のイオンの廃業要求をお願いします!帰化在日韓国人官庁の経済産業省の廃止要求もお願いします!お葉書も】
緊急拡散【帰化在日韓国人企業のイオンの廃業要求をお願いします!帰化在日韓国人官庁の経済産業省の廃止要求もお願いします!お葉書も】

ちぇんじ[殿]Twitter平成25年12月17日[加筆済みヴァージョン]
外務省は日本国民に対し「韓国海苔に大腸菌が混入している」と注意を呼び掛けたが、イオンは韓国海苔使用塩おにぎり68円を販売。安価過ぎて危険なイオン食品と思っていたが、ズバリだった。

=イオンは刑事犯罪です。

通商産業省(現経済産業省)は、当時通商経済産業職員であったと同時にジャスコ社員(現イオン社員)であった国家公務員法違反の岡田克也(2代前に婿養子として岡田屋へ背乗りした帰化在日韓国人)を解雇しませんでした。

=通商産業省(現経済産業省)も岡田克也も刑事犯罪です。

%%%%%%%%%%

イオン廃業要求先はこちらです(お葉書で)。⇒
261-8515千葉市美浜区中瀬1-5-1イオン(株)取締役・代表執行役社長岡田元也

経済産業省即時廃止要求先
経済産業省帰化在日韓国人職員の首相官邸職員、内閣府職員等への背乗り禁止要求先
新成長戦略(=新衰退戦略)と骨太の方針(=砕骨の方針)の即時撤回要求先
外国人労働者(実質的な外国人移民)受入の絶対反対先
外国人高度人材受入事業の即時廃止要求先
外国人技能実習生受入事業の即時廃止要求先
平成26年6月11日参議院可決出入国管理・難民認定法改悪(在日3年で日本国永住権付与など)の即時撤回要求先
特区と国家戦略特区の即時廃止要求先
大店舗法制=帰化未帰化在日韓国人のチェーン店、大型店舗等による日本国小売市場の独占と寡占=の廃止要求先
電力自由化(発送電分離、電力小売り、再生可能エネルギー買取制度存続)=帰化未帰化在日韓国人による送電線乗っ取り&電力ダフ屋&日本人高額電気料金の補助金としての横取り=帰化未帰化在日韓国人の新しい利権の創設=の即時廃止要求先
はこちらです(お葉書も)。⇒
100-0014千代田区永田町2-3-1
首相安倍晋三Fax03 3581 3883・5510 0654
内閣官房長官菅義偉Fax同じ=パチンコ大王
100-8901千代田区霞が関1-3-1
経済産業大臣茂木敏充Fax03 3501 6942・3501 5799・3580 6327
経済産業大臣政務官磯崎仁彦Fax同じ
経済産業事務次官立岡恒良Fax同じ

通報先はこちらです(お葉書も)。⇒
厚生労働大臣政務官高鳥修一Fax03 3595 3047
厚生労働事務次官村木厚子Fax同じ
自民党政調会長高市早苗Fax03 5511 8855
消費者担当大臣森まさこFax03 3507 9296
消費者庁長官阿南久Fax同じ
自民党税制調査会幹事西田昌司Fax同じ ←または、参議院議員西田昌司国会事務所へ
自民党全員 ←各議員の連絡先を検索して下さい。
次世代の党全員 ←各議員の連絡先を検索して下さい。
100-0013千代田区霞が関1-1-1公安調査庁長官
100-8974千代田区霞が関2-1-2
国家公安委員長古屋圭司
警察庁長官

宝塚保守ラーガー
by: 世田谷プリンセス * 2014/08/23 10:25 * URL [ 編集] | page top↑
アベノ犬コロ

【 安倍首相とメディアの会食(最新版2014.8.17) 】

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3020.html


「 内閣支持率は、安倍首相と大メディアの食事会で出される料理によって決まる 」

by: 読者 * 2014/08/23 05:45 * URL [ 編集] | page top↑
メリケンの人格に進歩なし。
by: 読者 * 2014/08/23 01:13 * URL [ 編集] | page top↑
70年も開発してるんだから成果があって当然 気象兵器: 厳しい世界、これからも
> >これだけの豪勢な外交カードを得て、自国民の生命まで犠牲にしておきながら
>
> この事故は、アメリカの圧力をはねのける力を日本に与えるため、日本の窮地を救うため、一部の日本人を犠牲にして、神様がくれた最強のカードだったのかも?と、不謹慎なこと考えていたけど、当たらずとも…だったのかもしれませんね。

ここまでは 同意見。以下は 全く賛同できず。

> 、異常気象だの気象兵器だのって・・そういう考え方をしている限り事態は深刻になっていくとしか思えません。

いや その考えこそ取り返しつかなくなると思うな
by: yaegaki hime * 2014/08/23 00:16 * URL [ 編集] | page top↑
厳しい世界、これからも
>これだけの豪勢な外交カードを得て、自国民の生命まで犠牲にしておきながら

この事故は、アメリカの圧力をはねのける力を日本に与えるため、日本の窮地を救うため、一部の日本人を犠牲にして、神様がくれた最強のカードだったのかも?と、不謹慎なこと考えていたけど、当たらずとも…だったのかもしれませんね。

最近の異常気象については自然現象だと思っています。今や人間の「気性」が異常です。その異常気性の反映としての異常気象だと思います。人間は万物の霊長だから、どんな世界だって作り出していってしまいます。

また自然の恩恵に感謝もせず、自然界の秩序を敬うこともなく、無秩序に開発・宅地造成したりして、何事も無いと考えるほうが頭おかしいとしか思えません。人間を困らせる厳しい自然現象の前に、それをはるかにはるかに上回る横暴な行為を、人間は自然に対してしているはずです。

私たちを生かしてくれている自然に対して、欲に支配された人間が、何の畏れもなく破壊の限りをしてきていることに対して、ほんの少し自然界が抵抗をしたら、異常気象だの気象兵器だのって・・そういう考え方をしている限り事態は深刻になっていくとしか思えません。
by: だんご3姉妹 * 2014/08/22 23:55 * URL [ 編集] | page top↑
最近の最新情報によるとJAL123便に急接近した旧ソビエトのツポレフtuバジャーが有ったそうで、一度は航空自衛隊がスクランブルを掛けて警告に向かったらしいですが、途中レーダーからロストし見失いもう一度レーダーが捉えた時は123便付近に現れて123便の尾翼部分と僅かに接触した後、再びレーダーから機影が消えたそうです。

この話は既に色々なブログでも取り上げられ程の有名な話です。
実は123便事故の際旧ソ連の陰謀が働いていた確かYOUTUBEにも動画が有った筈。
気に成る方はJAL123便陰謀説でググって下さい。

これは陰謀では無く事実です。
かも??
by: 名無しさん * 2014/08/22 22:24 * URL [ 編集] | page top↑
ロシアが特定の日本人入国を制限 報復制裁、駐ロ大使に伝達

http://news.livedoor.com/article/detail/9174577/
by: 玉響 * 2014/08/22 21:10 * URL [ 編集] | page top↑
自衛隊の誤射の陰べいかと思ってましたが。
アメリカが意図的にやったと言うことですか?
by: 読者 * 2014/08/22 20:49 * URL [ 編集] | page top↑
民主党政権のときに、50年以上続いた気象庁による桜の開花予報が廃止になった
http://2nnlove.blog114.fc2.com/blog-entry-8956.html
by: ルーク * 2014/08/22 19:47 * URL [ 編集] | page top↑
気象庁が軍事機密ともされる気象観測データを韓国にリアルタイム提供!税金が韓国のために使われる
http://brief-comment.com/blog/news/6927/
by: ルーク * 2014/08/22 19:42 * URL [ 編集] | page top↑
気象庁は左翼?
陸上自衛隊西部方面総監部(熊本市)が、自治体や電力会社、鉄道会社などが加わった会議で、独自の天気予報を公表し、注意を呼びかけた。

気象庁は、気象庁長官の許可無く予報結果を発表することを禁じた気象業務法に違反する可能性があるとして、予報業務をしないよう注意した。
http://www.kamiura.com/whatsnew/continues_2040.html
by: ルーク * 2014/08/22 19:41 * URL [ 編集] | page top↑
安倍首相の資金管理団体 「 晋和会 」 が告発される

【 安倍首相の資金管理団体、例のアノ「晋和会」が告発された 】

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3017.html


【 安倍首相の資金管理団体が政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で告発される!献金の職業でNHK社員を会社役員等と記載! 】

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-3565.html


【 安倍首相の資金管理団体を告発 大学教授ら4人 】

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140818/plc14081821270016-n1.htm

by: 読者 * 2014/08/22 19:27 * URL [ 編集] | page top↑

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Author:yaegaki hime
八重垣姫は、手に武田の家宝の兜を持ち、許婚者の身に迫る危険を知らせるために凍りついた諏訪湖を渡って行ったという。
私もこの日本の危機に、諏訪湖ならず太平洋も大西洋も地中海も渡って助っ人に行きたい気持ちになります。
どのような政治団体とも無縁の、在外の、一市民ですが、
中川昭一さんの訃報を受けた日に このブログを立ち上げました。
心からの敬意と愛惜の思いと、そしてご冥福を祈りつつ......日本の為に一人でも多くの人に正しい歴史観と脱マスコミを果たして欲しいのです。きっかけは、悪い国、悪い先祖、侵略の歴史

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